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自らの意思で「子なし専業主婦」をしている私の
ノビノビと自由な生活記録。こんな幸せもアリだ!
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私は
努力嫌いで、逃げながら生きてきた人間。 失敗や間違いを極端に恐れ、他人も自分も許せない人間。 生きること自体が「面倒」だと思ってしまう人間。 他にも色々あるけれど、 自他共に認める「ダメ人間」だ。 とにかく、私ほど親に不向きな人間はいない、と思う。 自分が「ダメ親」になることが分かっていて 新たな「ダメ人間」を世に送り出すことが明らかならば 私が「子なし」で生きていくことを選択するのは 間違いではないと思うのだが? 「ダメ人間」にとっても親業は義務なのか? 親権の一時・一部停止の法制化について議論する
研究会が発足する。 Yahoo!ニュース 5月27日7時56分配信 産経新聞 『法務省「親権制限」で研究会 児童虐待 民法改正も視野』 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090527-00000058-san-soci 子供に必要な医療を受けさせない 「医療ネグレクト」などのケースで適用が期待されているようです。 毎日のように流れる虐待のニュース。 ニュースにもならない隠れた虐待も多くあるはず。 虐待はなくならない。 それが現実。 子供を産んだら、誰もが「親」になれるわけではない。 親に向かない人間が、実際、存在しているということ。 この事実を無視して、 「産めばなんとかなる」と言う人間のなんと多いことか。 そして、ここにも「親に向かない」であろう人間がひとり。 信じられないような虐待のニュースの中にも、 私は微かな共感を覚えてしまう。 「信じられない!・・・でも、少し分かるかな。」 人間から鬼畜へと変化する、 そのスイッチが自分の中のどこにあるか。 それが見えているような感覚。 絶対に触らないだろうけれど、 何かの拍子に触ってしまいそうな予感がする。 不安よりも、確信に近い予感が。 自分は虐待なんてされたことないし、 家庭も平穏だったのに・・・不思議。 私にとって「子供を持たない選択」は間違いではない。 負担を避けるだけの選択ではないのだから。 ** 私が子供を産みたいと思えないのは、 この理由が全てではないです。 様々な思いが絡み合った結果です。 また、ブログ記事が私の全てでもないです。 あくまでも自分の一面でしかありません。 ** 自分でも嫌になるほど
私は身支度にかかる時間が長い。 外出前のメークと髪のセットはもちろん、 入浴中&入浴後の肌の手入れも たぶん平均的な主婦よりも長いと思う。 独身の時は自分のタイミングで生活できたから 気をつけるのは旅行の時ぐらいだったけど、 結婚後は旦那と行動を合わせることが日常。 準備のスタート時間をずらしても、 いつも待たせしてしまいます。 しかし、この身支度時間はどうしても削れない!! 断固として守らなければならない。 そのワケ(主な原因)はたぶん 毛関係のコンプレックスだと思われます(恥) まずはムダ毛。 あー、金さえあったら 顔も体も全身処理したいところです。 金に余裕のある独身時代に何とかしておくべきだったと 後悔してみても時すでに遅し・・・。 逆に眉毛は一部だけ生やしたい(笑) 生えてるところは薄くして、 生えてないところは増やして(タトゥーは不自然だから嫌)、 普通の形にしたい。 今はそう「見せかける」のに日々苦労しております。 そして頭の髪の毛。 いつもボリュームの無さ、コシの無さ、クセ、 流れの方向と格闘してます。 何もせずに外出は、絶対無理。 セット時間は普通並だと思いますが、 それを実現する為に美容院で時間と金をかける必要有り。 ・・・と並べてみたけれど、ムダ毛と眉毛は セレブ妻ならかなり解決できそうかも?? 中流(いや、ギリギリ中流?)妻の私には 現実的に解決できる見込みが無い。 こんなプライベートなことは優先順位が低いのよ! これまで通り自分で手間をかけるしか無いのよ〜。 そんな裏事情を知ってか知らずか、 うちの旦那は大人しく私の身支度が終わるのを待っていてくれる。 子供がいたらこんなに自分に時間をかけるなんて無理ですよね。 人から見たらくだらない事だろうし、見た目に関わる ちっぽけなプライドを守るなんて愚かな事に見えるだろう。 けれど私は女を捨てることは出来ない。 この部分のコダワリだけは人が何と言おうと絶対に自分優先。 一日、二日、ぐらいなら放棄できても長期間は無理。 自分を保ち続けられない恐怖。 強いコンプレックスの無い人には理解できないだろうなぁ。 こうして私は 「子供がいなくて良かった」と日々実感しているのです。 そういえば、私、
「(自分も含めて)人間が好きじゃない」ってことを 思い出しました!!(笑) いやー、ずっと忘れてた。 小さい頃からそう思っていたのに。 笑っちゃうなぁー、もう! 人にこんなこと言っても ネガティブ過ぎて絶対否定されると分かっているから 周りが吹き込んでくる「理想の人間像」とか 世間に溢れる「なるべき善人像」とかに 合わせようと努力して自分を演じて今まで生きてきたけど 結局は自分を苦しめるだけだったなぁ・・・。 最近やっと、小さい頃からの本音を思い出して 「このままでもいいんだ」って開き直れるようになりました。 もう変わるつもりがないから原因を探すのもやめた(笑) だから、このまま生きていきます。 社会が求める人間像とは程遠いままで。 例え「子供っぽい言い訳だ!」と言われても。 そうやって丸め込まれて「人と同じ」に合わせてるフリは もう御免です。 「寂しい老後を送ることになるぞ」と脅されても そもそも私は人間が好きじゃないのだから そんな老後は望むところです。 「生」から開放されるのなら、どんな死でも結構。 あー、思い出せて良かった。 気分爽快。 そう考えてみたら 子供嫌いも、子なしを選択したのも当然か。 人間自体が好きじゃなかったんだもの! 人生の中で一番古い記憶って、何歳頃のものですか?
私は2歳です。 幼稚園の時の記憶も沢山残っています。 大人になった今、考えてみると、 ずいぶんと冷めた子供だったように思います。 親、親戚、近所の人、先生などの大人についても、 冷静に分析していた記憶があるのです。 今、それを表現するなら、例えば 「八つ当たり」 「筋が通ってない」 「これは教育として叱っているのではなく、 ただ、キレているだけだ」 「ごまかされている」 「これは嘘だ」 「機嫌をとろうとしているだけだ」 ・・・というような内容になります。 ボキャブラリーの少なさと、人生経験の少なさ故、 当時の自分に「対処する」ことは出来ませんでしたが 胸に感じる違和感は今も鮮明に残っています。 自分が子供を「子供扱い」することが出来ないのは、 そういう記憶が原因なのかもしれません。 「子供って大人が思っているほどバカじゃない」 ということが自分の記憶に裏づけされているのです。 「子供だからしょうがない」なんて言って 好き放題させている大人にムカついてしまうのも、 それがただの言い訳に過ぎないと、感じてしまうから。 身長高い、ガタイが良い、女に成長してしまった私。
姉とよりも弟と一緒にいた時間が長かったせいもあるのか 考え方や立ち振る舞いに多少男っぽさ(?)もあります。 日本で暮らしている時限定ですが、私のような人間は まず、「女性らしさ」「かわいさ」「甘さ」を 自分に与えられないし、周りにも許されないことが多い。 本当は、そう振舞いたい時もあったんだろうに(笑) 普通の女の子みたいにね。 自分のサバサバしたところやクールさ(キャラ)は 嫌いではないのですが、心の底では「女の子したい」欲を ずっと押し殺していたのかもしれません。 成長期以降はそんな「イライラ」と共に生きてきたので 自分と正反対の「可愛らしさを売りにしている女性」は どうも苦手ですし、「女の役割」の押し付けには 極端に拒否反応を起こしてしまいます。 この流れからでしょうか・・・ 子供を産みたいと思えないのは。 出産=女!! でしょう? 私の中では「女=」の先が複雑なので。 海外ドラマ「Sex and the City」で ミランダ(クールで優秀な弁護士)が出産するのですが、 検査の結果や、出産の過程に対して 必要以上に「女っぽくはしゃぐ」周りのリアクションを 嫌がる(?やめてくれるように頼む?)シーンがあります。 ああいう母親って、やっぱり珍しいのかなぁ。 こんな人が沢山いたら、私も産もうと思えたかも? それから、出産や子育てに付随する「女」の世界に 自分の身を置くのも避けたい気持ちなのです。 もともと女の集団は息苦しく感じているのに 母親の繋がりってそれに輪をかけて強くて厄介そうです。 「甘くてスイートな空気をまといながら、 ベタベタ、ドロドロと絡まっていく」イメージ(笑) 大人っぽい、さっぱり、したもの好きな私としては あまりお近づきになりたくない類の世界です。 なんだか話がまとまりませんが・・・ 嫌悪感と羨望が9対1ぐらいの割合で混ざり合っている 「女性らしさへの拒否反応」が私の出産欲を低下させている ようなのです。 ちなみに「羨望」の部分ですが それは子供という存在に対してではなくて、 「私が受け入れられないことを、普通だと、幸せだと、 思っていられること」への羨望です。 あー、とにかくまとまりませんが、そんな感じです。 何か上手く表現する方法を思いついたら書き直します。 以前「私は子なしで生きていく選択をした」と
友人にカミングアウトした時のこと。 「後で後悔しない?後で産みたいと思っても 産めない体になってるかもしれないよ」 という内容の質問を受けたことがある。 この質問に対して私はこう答えた。 「もしかしたら後悔はするかもしれない。 でも後で産みたいと思った時に、 自分の体が産めない体になっていたら 養子を迎えるという選択肢もある」 日本では少ないかもしれないが、 海外ではよくある話だ。 それに私は自分の遺伝子なんかにコダワリはない。 自分が死んだ後の世界のことなんて興味もない。 そもそも、こんな時代に 家系(血)の存続など、こだわる意味のないことだ。 一人っ子なら? 3人産んだって全員女の子なら? 自分の子供が結婚しなかったら? 自分の子供が結婚しても「子なしで生きていく」としたら? 自分の血だって、大昔に遡って「純粋」かどうかも わからないというのに。 出産を体験できないという事と、 自分や旦那に似ている所を探す楽しみが無いのを除けば 産めない女にも子育てをすることは出来る。 命を育てる尊さは変わらない。 そう考えると、 産んでおいて後悔するよりも 産まないで後悔する方が幸せだと思う。 |
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